娯楽室は同じ設備を2輌連結しております。2011/02/22 00:25

 お客様はご自慢のソフトをお持ち寄りになり、こもごもごゆっくり心行くまでお楽しみください。ご鑑賞の後は、娯楽室の間にあるサロンで、しばしのご歓談をお楽しみください――なんて列車を実際に走らせたら、さっそくACCSから「特定少数でも著作権法にいう『公衆』にあたることを知らんのか。無断で公衆に対する上演を宣伝するとは著作権侵害の幇助だ、けしからん、違法だ逮捕だ、ギャアギャアギャア」と言われそうなご時世です。

 実際、映画館では「映画泥棒にご注意」なんて、まるで客を泥棒扱いするようなCMを平気で流したうえに、家庭でダウンロードソフトを使っているところに、いきなり「おまわりさん」が手錠をかける場面まで上映する無神経さに、最近さっぱり映画館に行く気がしません。だいたい、音も劣悪なのに誰が金を払って……(以下自粛)。

 だから早くLift-offして、こんな法の及ばない世界へ出発しましょうね。

 愚痴はともかく、久しぶりにスタートレックが見たくなって、ブルーレイを借りました。日本では1979年に公開されたスタートレック、ジョン・ダイクストラとダグラス・トランブルという大御所がSFXを、科学監修にアイザック・アシモフ、シド・ミードもデザインに参加と、綺羅星のように輝くスタッフ・ロール、そして雄大な音楽にゆったりと大宇宙を航行するNCC-1701エンタープライズ……最初これを見たときには、邦画不振も極まれり、と言われた時代だけに「こりゃあ、到底かなわないなぁ」と嘆息したものです。なるほど、その年、長谷川和彦の「太陽を盗んだ男」という今なおカルト的人気を誇る傑作が生まれていましたが、その他は、というと…女優のヌードが話題になれば「御の字」という時代だった、と記憶しています。

 さてその一方、松本清張生誕100周年ということで、この3月にもテレビ朝日系で「砂の器」がスペシャル・ドラマとして放送されるなど、特にテレビ朝日系は、かつて松本清張が朝日新聞西部本社の文選工だったというゆかりなのか、その映像化に熱心なようです。そのうち、最近再放送されたところで、同じくスペシャル・ドラマ「点と線」、そして少し前、犬童一心監督の「ゼロの焦点」を見ました。

 この2本、TVドラマと映画という違いはあるにせよ、印象に残るのは舞台となった昭和30年代を再現する努力というか執念の凄まじさでした。特に「点と線」の有名な「空白の4分間」、どう見ても東京駅構内としか思えないところへ、横須賀線や東海道線の旧型電車がホームへ滑り込んでくるあたり、「いったい、どこを使ってこんなことをやったのか?」と首をかしげるばかりでした。聞くところによると、JR西日本の全面協力でとある運転所にJR側の全面協力で作ったオープン・セットだとか……なるほど、本物なわけね、と思ったものです。

「ゼロの焦点」にしてもしかりで、日本の昭和30年代を再現するために,、なんと韓国ロケまでやった、というのですから、そこまで場面を作りこまれれば俳優さんも熱が入って当然、だから当時の熱い空気の再現にまで至ったのだろうな、と自分なりに納得しました。

 それで、本題のスタートレック、今から30年も前のSFX技術だけに合成の跡もはっきりと、というのは言うまでもありません。むしろ、それでもやっぱり最後まで興味深く見せる懐の深さを称えるべきでしょう。しかし、同じ作り物でも実在しない作り物と、まぎれもなく多くの人の出会いと別れとを見続けてきたプラットホーム――単なるウェザリングではなく、明らかに当時の品物とおぼしき小道具もあちこちにある作り物とでは、勝負あった、と言わざるをえませんでした。

 日本の映像関係者は羨望したり歯噛みしたりの複雑な気分で、スタートレックをはじめとするハリウッドの大作を見つめてきたのでしょう、たぶん。たしかに、それを意識した邦画もあったように思います。しかし、それらのできは……後は読む方のご想像にお任せします。

 まぎれもなく人の行き来を見つめてきた本物をちりばめた「作り物」の昭和32年の東京駅13・14・15番ホームの存在感(もちろん、かつて優等列車を牽引したC57に、実際に客車を引かせてのロケや、実物の転轍機に自動連結器の質感と重い音などもあずかって力あるんでしょう)で真っ向勝負をかけたんだろうな、と思ったものでした。

 ただ、ふと気になったことが一つ。それは「点と線」も「ゼロの焦点」も、最後に現代へ移行してエンディングを迎えます(「点と線」は冒頭と、中途にも現れますが)。しかし、そこに描かれている「現在」に、なぜか「薄っぺらさ」を感じてしまうのです。実は、しばしば東京に出かけ、林立する超高層ビル(霞ヶ関ビルの完成まで、「地震国・日本には超高層は無理」と言われていたのも昔語りですね)群を見渡すとき、私はなぜかそれらが芝居の「書割」に見えて仕方がない奇妙な気分に襲われるのです。

 そして、その書割がパタリと倒れて現れるのは、高橋和巳「貧者の舞い」の風景なのです。何度実物を見ても、どんな媒体を通じても、その感覚が私には拭えません――もちろん、この二つの作品を鑑賞しても、また……。

まもなく御乗車の案内を致します。車輌のご紹介です。2011/02/21 15:01

 長旅ですから、娯楽室として、PARC Audio特注のスピーカー・システムで豊かな響きを聞きつつ、音楽や映画、お気に入りのドラマなどをお楽しみいただきましょう。ただし、「心地よくて眠くなった」という苦情にはおこたえできませんので、あしからずご了承ください(笑)。

 さて、まずは映画。やりましたね、瀬々敬久さん。ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞と最優秀アジア映画賞のダブル受賞(コンペティション部門の最高賞・金熊賞はまだ)。まったくの偶然ですが、そのニュースが飛び込んでくる前、渡辺淳一原作の「泪壷」を見ていましたから、その偶然には驚いたものです。

 この方、知る人ぞ知る「ピンク四天王」の一人。つまり、「おくりびと」で一躍時の人となった滝田洋二郎と同じなんですね。このところ、中原俊、周防政行、黒沢清(この人の出世作「神田川淫乱戦争」って題名は、さすがに人前で話しにくいですなぁ(笑))、廣木隆一等々、ピンク映画、にっかつロマンポルノ出身者の活躍が目立ちますが、これは長きにわたった「邦画不振」とも関係があります。

 つまり、かつての五大映画会社が次々に制作能力を失い、助監督募集をやっていたのがわずかに「にっかつロマンポルノ」だけだった、という事情、それにピンク映画は「行為」さえ決まった尺をやっていれば、予算の制約も時間の制約もきついけれども、後は何をやっても良い、という環境が大きかった、と言われます。

 そりゃたいへんな早撮りを要求される上、余分なフィルムは1フィートたりとも許されないから大変だったでしょう。ただ、かのフランソワ・とリュフォーが、中平康「太陽の季節」をシネマテークに収めるとき、こう述べたそうです。

「良い映画を撮るために十分な時間と十分なフィルムが必要なわけではない。中平康はこの映画をわずか3週間で撮った」――記憶に頼っているので正確じゃありません(おことわり)。

 今、継続的にこのラインを紹介しているのは、WOWOWですね。土曜深夜枠ですが、これがなかなかおもしろい。本物のヒューマン・コメディもあれば、撮影上の制約(後でフィルムにぼかしを入れる手間を省くため、レンズにワセリンを塗ってぼかすから、カメラを動かせない)を逆手にとって、まるで小津安二郎を思わせる空間表現をやってみせた今岡信成など、興味深い(興味本位じゃないですよ)編成をやっていますから、いつもチェックしています。

 もう一つ、忘れちゃならないのが、彼らを国外に広めた傑物がいたことも最近知りました。

 なんと、日韓映画交流祭で、日本側責任者としてピンク映画とロマンポルノをずらりと並べた豪の者がいたのだとか。その名は寺脇研(当時・文化庁次長)。

 といってもご存じない方はご存じないかもしれないですね。私は逆に、そんな豪傑だと言うことは最近知ったので大きな事はいえませんが、彼の別名「ミスター・ゆとり教育」といえば、一気に顔をしかめる方は多いでしょう。

 逆に、その業界では「文科省のケンちゃん」(これが何のもじりかは、ご存じですよね)で以前から有名だったとか。

 映画と人、あるいは人と映画、なかなか一筋縄ではいかないものだと思うことの一端でした。