「知らぬが仏」とはこのことか……(笑) ― 2011/06/22 00:01
また中古オーディオのお話しです。「なんだい、またSS-G7自慢かい」っておっしゃらずに、ちょっとトクしたネタの自慢話です(やっぱり、自慢話には変わりないか)。
さすがにアナログ・レコードは最近出番が減って、カートリッジもとっかえひっかえという気力が尽きてきかけていたところでした。もっとも、かの吉田秀和氏が、CDの登場時(今から思えば、キンキンギャンギャンひどい音を出すのが多かったような……)、「これで私はレコードをかけるという『儀式』から解放されて純粋に音楽に打ち込めるようになった」という趣旨の文章を書いていらっしゃったのを読んで、道具のあれこれで軽薄に論ずることを大いに反省したものでした。たしかに正規の規格で74分、最近のCD-Rならば80分がいっぺんに入るCDは、なるほどたいていの曲を掛け替えなしに聞けますね。それに、天井知らずの超高級品と、おもちゃのおまけみたいなのを除けば、そこそこの音を楽しめるわけで、これもありがたい話です。
そんなわけで、あっという間にCDがアナログ・レコードを駆逐していったのも自然の成り行き、とはいうものの、アナログ・レコードが積み上げてきた遺産もまた捨てがたいものであり、特に手元に愛蔵盤として残してきたものは、やはり大切にしたいものです。しかし、その音溝から音を拾い上げるカートリッジ自体が、普及品がほとんど駆逐され、「高ければ高いほど売れる」原理で、何万円、はては何十万円となると、手も足も出たもんじゃありません。幸い、レコード針はまだまだ供給も交換も大丈夫なようですが。
とはいえ、カートリッジにはご存じの通り、MC型とMM型とがあります。磁界の中でコイルを動かして電流を得る、という点では同じでも、前者はコイルを動かし、後者は磁石を動かします。当然、前者の方が軽くできる=音溝に正確に追従できるという利点があり、出力電圧の低さ、というデメリットを差し引いても尊ばれるのも、これまた当然の理です。
しかし、その低い出力電圧をアンプにそのまんま入力してはまともな音が出ない、ってことで、トランスやヘッドアンプというものを間に入れて増幅してやるわけですが、これがまたどっちがよいかの論争のネタ、つきあっていたらキリがないほどの大論争だから、これくらいにしておきます。
さて、私の方では長いこと、某メーカーのトランスを使っていたのですが、どうも音に色づけが出るような感じがぬぐえなかったうえ、カートリッジに合わせてがちゃがちゃスイッチを切り替えるのも難儀になってきた(歳ですなぁ……)ので、ヘッドアンプを物色に行きました。もっとも、こちらは、ちょくちょく顔を出しているオーディオ専門店です。
まぁ、うっかり何十万円もするものを押し付けられないよう気を遣いながら、おそるおそる切り出してみると、店員さんの一人が、そういやぁ……と言いながら、最近お客さんから引き取ったんだけど、よくわからん、中古品になるけど音は出ますよ、いいですか? ってわけで買ってきました。
まぁ、見るからにみすぼらしい外観、随分年期が入ったものです。「で、おいくら?」(ここの店では、よぉく心の準備をして、おそるおそる聞かないと値段を聞いてショック死する危険があります)と尋ねたら、「う~ん、なんかよくわからん商品だから、5千円でいいですよ」とのこと。ああ、それならいいや、だめもとでも、と思って買ってきました。
家に帰ってつないでみると、なんだかこれまで使っていたDL-103も、きまじめさはそのままに、少し繊細で華やかに音が広がる傾向に変わります。「割にいい買い物だったなぁ」と思いつつ、後日、お礼を言いに行きました。
ただ、どうしても、その品物の名前、正体がよくわかりません。品名をいうと「マーク・レヴィンソン JC-1AC」。
それから大分経って、最近またレコードやカセットをデジタル化する作業を再開しました。随分久しぶりで機材も少し調整が必要なら、作業の手順も忘れかけてました(やっぱり、歳ですなぁ……)。で、その「マーク・レヴィンソン JC-1AC」、オルトフォンに変えてもやっぱり同じ傾向で良い音に変わる、おまけにトランスと違って調整も交換も必要なし。いや、実にありがたいんだが、はて、正体はなんだろうってわけで調べてみました。
驚きました。名機だったんですねぇ……今ではメンテもできないようですが、1975年に発売されたマーク・レヴィンソンの名機、構造もシンプルで、メーカー・メンテナンスはダメでも、同種同規格のパーツ(あまり特殊なものは使っていないようです)さえあれば、実に合理的で綺麗な基盤ですから、自分で何とかなりそうです。
中古品相場でも、とうてい5千円なんて値段で手に入る品物ではなかったようで、なんでまた前の持ち主もそんな値段で手放したんだろう、と不思議に思える話です。
なんだかこうして、わが家は流れ流れて流れ着いた名機がこれで二つめ、名機は名機を知る、というわけか、鳴りがいいんですね、この組み合わせだと。
まったくもって、奇々怪々な世界です、オーディオってのは。
さすがにアナログ・レコードは最近出番が減って、カートリッジもとっかえひっかえという気力が尽きてきかけていたところでした。もっとも、かの吉田秀和氏が、CDの登場時(今から思えば、キンキンギャンギャンひどい音を出すのが多かったような……)、「これで私はレコードをかけるという『儀式』から解放されて純粋に音楽に打ち込めるようになった」という趣旨の文章を書いていらっしゃったのを読んで、道具のあれこれで軽薄に論ずることを大いに反省したものでした。たしかに正規の規格で74分、最近のCD-Rならば80分がいっぺんに入るCDは、なるほどたいていの曲を掛け替えなしに聞けますね。それに、天井知らずの超高級品と、おもちゃのおまけみたいなのを除けば、そこそこの音を楽しめるわけで、これもありがたい話です。
そんなわけで、あっという間にCDがアナログ・レコードを駆逐していったのも自然の成り行き、とはいうものの、アナログ・レコードが積み上げてきた遺産もまた捨てがたいものであり、特に手元に愛蔵盤として残してきたものは、やはり大切にしたいものです。しかし、その音溝から音を拾い上げるカートリッジ自体が、普及品がほとんど駆逐され、「高ければ高いほど売れる」原理で、何万円、はては何十万円となると、手も足も出たもんじゃありません。幸い、レコード針はまだまだ供給も交換も大丈夫なようですが。
とはいえ、カートリッジにはご存じの通り、MC型とMM型とがあります。磁界の中でコイルを動かして電流を得る、という点では同じでも、前者はコイルを動かし、後者は磁石を動かします。当然、前者の方が軽くできる=音溝に正確に追従できるという利点があり、出力電圧の低さ、というデメリットを差し引いても尊ばれるのも、これまた当然の理です。
しかし、その低い出力電圧をアンプにそのまんま入力してはまともな音が出ない、ってことで、トランスやヘッドアンプというものを間に入れて増幅してやるわけですが、これがまたどっちがよいかの論争のネタ、つきあっていたらキリがないほどの大論争だから、これくらいにしておきます。
さて、私の方では長いこと、某メーカーのトランスを使っていたのですが、どうも音に色づけが出るような感じがぬぐえなかったうえ、カートリッジに合わせてがちゃがちゃスイッチを切り替えるのも難儀になってきた(歳ですなぁ……)ので、ヘッドアンプを物色に行きました。もっとも、こちらは、ちょくちょく顔を出しているオーディオ専門店です。
まぁ、うっかり何十万円もするものを押し付けられないよう気を遣いながら、おそるおそる切り出してみると、店員さんの一人が、そういやぁ……と言いながら、最近お客さんから引き取ったんだけど、よくわからん、中古品になるけど音は出ますよ、いいですか? ってわけで買ってきました。
まぁ、見るからにみすぼらしい外観、随分年期が入ったものです。「で、おいくら?」(ここの店では、よぉく心の準備をして、おそるおそる聞かないと値段を聞いてショック死する危険があります)と尋ねたら、「う~ん、なんかよくわからん商品だから、5千円でいいですよ」とのこと。ああ、それならいいや、だめもとでも、と思って買ってきました。
家に帰ってつないでみると、なんだかこれまで使っていたDL-103も、きまじめさはそのままに、少し繊細で華やかに音が広がる傾向に変わります。「割にいい買い物だったなぁ」と思いつつ、後日、お礼を言いに行きました。
ただ、どうしても、その品物の名前、正体がよくわかりません。品名をいうと「マーク・レヴィンソン JC-1AC」。
それから大分経って、最近またレコードやカセットをデジタル化する作業を再開しました。随分久しぶりで機材も少し調整が必要なら、作業の手順も忘れかけてました(やっぱり、歳ですなぁ……)。で、その「マーク・レヴィンソン JC-1AC」、オルトフォンに変えてもやっぱり同じ傾向で良い音に変わる、おまけにトランスと違って調整も交換も必要なし。いや、実にありがたいんだが、はて、正体はなんだろうってわけで調べてみました。
驚きました。名機だったんですねぇ……今ではメンテもできないようですが、1975年に発売されたマーク・レヴィンソンの名機、構造もシンプルで、メーカー・メンテナンスはダメでも、同種同規格のパーツ(あまり特殊なものは使っていないようです)さえあれば、実に合理的で綺麗な基盤ですから、自分で何とかなりそうです。
中古品相場でも、とうてい5千円なんて値段で手に入る品物ではなかったようで、なんでまた前の持ち主もそんな値段で手放したんだろう、と不思議に思える話です。
なんだかこうして、わが家は流れ流れて流れ着いた名機がこれで二つめ、名機は名機を知る、というわけか、鳴りがいいんですね、この組み合わせだと。
まったくもって、奇々怪々な世界です、オーディオってのは。
Playstation 3 という怪物 ― 2011/05/29 00:41
最近、個人情報流出でさんざん評判を下げているPlaystation 3ですが、私も持っているだけに、ちょっとぞっとしたものでした。ただ、クレジット番号などを登録していない人には関係なさそうだ、ということで、ほっと胸をなで下ろしたものです。
それにしても、ソフトの互換性のないゲーム機がいまだこれほど乱立している、というのは、登場早々にAndroidに統一されかけているスマートフォンや、(プロ向けのLinuxとかFreeBSDとかいった、UNIX系のOSは別として)、Windows と Mac のほぼ二つ(といっても前者が圧倒的に大きいことはご存じの通り)に分かれてしまったパソコンと違って、なんとまぁ状況が違うことだろう、よくもまぁ、こんなにいろいろあって市場が成り立つものだ、と思っていました。
もっとも、これも、とある中古ゲーム屋さんの品揃えを見たときに、疑問は氷解しました。なるほど、ゲームごとに「棲み分け」ができているんですね。おおむね、nintendoはファミリー向けのほのぼのゲームが多く、PS2となると、ちょいととんがったヤツ、そして、問題のPlaystation 3となると、思いっきりとんがったゲーム、というふうにユーザー層も違う、ということが棚の品揃えでわかりました。息子に尋ねてみると、おおむねそれで正しい、とのこと。――そうだったのか、納得納得。
しかし、そうしてみると、Playstation 3の個人情報流出というのは、そんな「とんがったユーザー」には「許せないできごと」と映ったことでしょう。特に、対戦ゲームも多いだけに、ネットゲーム・ユーザーの比重も高いことと思いますから、深刻きわまりない事態というべきでしょう。
それはさておき、私の手元では、Playstation 3というのは、「多機能ユニヴァーサル・プレーヤー」として、オーディオ・ヴィジュアル機器の扱いしかしていないんですね(かわりに、そっちは使い倒していますけれど)。なんでも、このことに最初に着目したのが、クラシック中心の雑誌「レコード芸術」だったとか。
要するに、cell broadband engineの猛烈な計算能力を、デジタル信号をアナログ信号へ変換するツールとしてフル稼働させた、というのがその正体だということ。たしかに、地デジ・チューナーとして発売されたtorneなど使ってみると、その動作の軽いこと軽いこと。一般のレコーダーなど使いたくなくなりますね。
残念ながら一般のオーディオ・ショップでは、これを試聴環境においているところはほとんどないし、ゲーム・ショップがオーディオ・ヴィジュアル機器として試聴させてくれるという話も聞いたことがないので、比較試聴したことはあまりありません。
ただ、手元にポータブルDVDプレーヤーと、CD/LDプレーヤー(古い!)とがあるので、試しに比較してみると、なるほど歴然たる差がありますね。また、ブルーレイ・レコーダーもあるので、条件を合わせて一緒に見てみると、やっぱり差があります。特に、DVD再生で歴然たる差がついてしまう。音の方は好みがありますから一概に言えませんが、少なくとも中級以上の専用プレーヤーに匹敵するでしょう。
実際、ブルーレイ・レコーダーはとても安くなりましたが、本格的オーディオ・ヴィジュアル機器としてのユニヴァーサル・プレーヤーは非常に高価で、とうてい一般人の手に届くものではありません(CD専用プレーヤーともなると、ほとんど軽自動車1台分の値段のものまであり――いやはや)。
というわけで、ゲームソフトなんて一本も買わないまんま、私の所では、ユニヴァーサル・プレーヤーとして使われているんですが、そもそも、どうしてああも派手な戦闘ものが多いのか、どうも私はそれが苦手というところも多分にゲーム敬遠の原因となっています。
しかし、海を渡って、かの超大国では、こいつを万の単位で並列化して軍事的なシミュレーションやったり、核燃料の管理用コンピュータとして使ったり、というんですから、こりゃゲームどころじゃあありませんね。理由はというと、要するにコスト・パフォーマンスがよろしい、ということらしいのですが、私の家では歌舞音曲の再生にこれ努めているゲーム機が海の彼方では、来るべき核戦争の準備に使われている、と思うと、どうも気が重くなります。
しかし、こちらではゲームに歌舞音曲、あちらでは戦争準備にいそしむ、という構図、どっちが「粋」なんでしょうか。「粋」という言葉が古いなら、どっちがクールなんでしょう?
私は、最先端の半導体技術の成果を、ゲームや歌舞音曲で遊び倒している方が「粋」だと思うんですがね――そういえば、日本には世界でも珍しい「算額」というものがあって、神社に絵馬のかわりに奉納して数学の問題の出しっこをやっていた歴史があるそうです。
その中には、当時の西欧の数学水準をはるかに超えた、現代の微分積分学に近いものまであったとか。西欧数学が、砲術と密接な関連をもっていたのに対して、和算はそういった結びつきをほとんど持たず、「高級な遊び」として人々の間で楽しまれていたらしい、とのこと。
なんだか不思議な暗合を感じて仕方がありません。
それにしても、ソフトの互換性のないゲーム機がいまだこれほど乱立している、というのは、登場早々にAndroidに統一されかけているスマートフォンや、(プロ向けのLinuxとかFreeBSDとかいった、UNIX系のOSは別として)、Windows と Mac のほぼ二つ(といっても前者が圧倒的に大きいことはご存じの通り)に分かれてしまったパソコンと違って、なんとまぁ状況が違うことだろう、よくもまぁ、こんなにいろいろあって市場が成り立つものだ、と思っていました。
もっとも、これも、とある中古ゲーム屋さんの品揃えを見たときに、疑問は氷解しました。なるほど、ゲームごとに「棲み分け」ができているんですね。おおむね、nintendoはファミリー向けのほのぼのゲームが多く、PS2となると、ちょいととんがったヤツ、そして、問題のPlaystation 3となると、思いっきりとんがったゲーム、というふうにユーザー層も違う、ということが棚の品揃えでわかりました。息子に尋ねてみると、おおむねそれで正しい、とのこと。――そうだったのか、納得納得。
しかし、そうしてみると、Playstation 3の個人情報流出というのは、そんな「とんがったユーザー」には「許せないできごと」と映ったことでしょう。特に、対戦ゲームも多いだけに、ネットゲーム・ユーザーの比重も高いことと思いますから、深刻きわまりない事態というべきでしょう。
それはさておき、私の手元では、Playstation 3というのは、「多機能ユニヴァーサル・プレーヤー」として、オーディオ・ヴィジュアル機器の扱いしかしていないんですね(かわりに、そっちは使い倒していますけれど)。なんでも、このことに最初に着目したのが、クラシック中心の雑誌「レコード芸術」だったとか。
要するに、cell broadband engineの猛烈な計算能力を、デジタル信号をアナログ信号へ変換するツールとしてフル稼働させた、というのがその正体だということ。たしかに、地デジ・チューナーとして発売されたtorneなど使ってみると、その動作の軽いこと軽いこと。一般のレコーダーなど使いたくなくなりますね。
残念ながら一般のオーディオ・ショップでは、これを試聴環境においているところはほとんどないし、ゲーム・ショップがオーディオ・ヴィジュアル機器として試聴させてくれるという話も聞いたことがないので、比較試聴したことはあまりありません。
ただ、手元にポータブルDVDプレーヤーと、CD/LDプレーヤー(古い!)とがあるので、試しに比較してみると、なるほど歴然たる差がありますね。また、ブルーレイ・レコーダーもあるので、条件を合わせて一緒に見てみると、やっぱり差があります。特に、DVD再生で歴然たる差がついてしまう。音の方は好みがありますから一概に言えませんが、少なくとも中級以上の専用プレーヤーに匹敵するでしょう。
実際、ブルーレイ・レコーダーはとても安くなりましたが、本格的オーディオ・ヴィジュアル機器としてのユニヴァーサル・プレーヤーは非常に高価で、とうてい一般人の手に届くものではありません(CD専用プレーヤーともなると、ほとんど軽自動車1台分の値段のものまであり――いやはや)。
というわけで、ゲームソフトなんて一本も買わないまんま、私の所では、ユニヴァーサル・プレーヤーとして使われているんですが、そもそも、どうしてああも派手な戦闘ものが多いのか、どうも私はそれが苦手というところも多分にゲーム敬遠の原因となっています。
しかし、海を渡って、かの超大国では、こいつを万の単位で並列化して軍事的なシミュレーションやったり、核燃料の管理用コンピュータとして使ったり、というんですから、こりゃゲームどころじゃあありませんね。理由はというと、要するにコスト・パフォーマンスがよろしい、ということらしいのですが、私の家では歌舞音曲の再生にこれ努めているゲーム機が海の彼方では、来るべき核戦争の準備に使われている、と思うと、どうも気が重くなります。
しかし、こちらではゲームに歌舞音曲、あちらでは戦争準備にいそしむ、という構図、どっちが「粋」なんでしょうか。「粋」という言葉が古いなら、どっちがクールなんでしょう?
私は、最先端の半導体技術の成果を、ゲームや歌舞音曲で遊び倒している方が「粋」だと思うんですがね――そういえば、日本には世界でも珍しい「算額」というものがあって、神社に絵馬のかわりに奉納して数学の問題の出しっこをやっていた歴史があるそうです。
その中には、当時の西欧の数学水準をはるかに超えた、現代の微分積分学に近いものまであったとか。西欧数学が、砲術と密接な関連をもっていたのに対して、和算はそういった結びつきをほとんど持たず、「高級な遊び」として人々の間で楽しまれていたらしい、とのこと。
なんだか不思議な暗合を感じて仕方がありません。
オーディオとエコロジー ― 2011/05/28 00:15
考えてみれば、オーディオなるものを趣味としてもつ、ということ自身、すでにエコロジーではないのかもしれません。生活必需品ではないし、石油を使うという点でクルマのエコが問題になっていても、地方になればなるほどクルマへの依存度が高くなってしまう、という問題を抱えていると「クルマを使う代わりに他を我慢するからね」という姿勢でないとダメ、というのがスジというものでしょう。
しかし、我慢我慢でエコロジー・ライフが達成できるんだろうか、という話をしていたら、とある反原発活動から「そもそも、電気を使わない生活を『我慢』と考える発想がおかしい」と叱られてしまいました。――たしかにごもっとも。でも、私にはついて行けそうにないし、多くの人も「ちょっと勘弁してくれ」と言うんじゃないでしょうか。
考えてみれば、長らく真空管アンプを愛用してきました。最近でこそ、オーディオ業界全体が沈滞気味で、そもそも撤退してしまった大手メーカーも少なくなければ、モデルチェンジも感覚がずいぶん長くなりましたから、あまり差がなくなりましたが、私が真空管アンプを愛用したのは、その響きにほれこんだことと、いったん決めたら、真空管の供給がある限りモデルチェンジのことを考えなくて良い、というところにありました。
実際、オーディオ雑誌も本当に読まなくなりました。たまに手にとっても、エントリー・レベルで100万円、高級車一台分の価格がミドル・レンジだ、なんて平然と書いてあるのを読むと「ああ、こりゃあ私の住む世界じゃあないな」と嘆息をつくばかり。
おまけに最近はサラウンドが流行中で、一分野を形成していますが、問題はまたこのアンプで、いくら電気製品安全取締法に基づく「安全」の観点からする「定格消費電力」とはいえ、1kWに迫ろうかと消費電力をみると「おいおい、電気コンロじゃないんだぞ」と言いたくもなるし、実際にデモをやっている店舗ではその熱を冷ますために空調をバンバンかけているわけですから、これまたちょっと……という感じがします。
でもやっぱり音楽は好きだし、ヘッドフォン・ステレオでは物足りないこともある。特に、友人その他親しい人と一緒に聴く、一緒に映画を見るというひとときは、やっぱりかけがえのない生活の一部じゃないかと思います。
特に、音楽もさることながら、最近では映画でさえ、たいへんな高画質を個人で楽しみ、かつ、作品相互の引用やオマージュなどを確かめつつ鑑賞することが、個人でもできる、というのに「それはエコロジーに反する」と頭ごなしに言われると……ムキになって反発したくもなろう、というものです。
さてさて、両者にどうやって折り合いをつけるか――私自身、あまり良い知恵は見あたりません。高能率のスピーカーを使って、アンプの電力を節約する、という方法がありますが、高効率スピーカーの代表格と言えば、ホーン型システム。しかし、私はどうも苦手な上、オールホーンで低域まで、となると、システム全体の値段は優に8ケタに達しようかという世界ですから、手が出るものでもありません。
それに、大いに電気を喰らい、大いに熱を発生する真空管アンプ、やっぱりその響きには捨てがたいものがあります。……常時つけっぱなし、は論外としても、あんまり細目に電源を入れたり切ったりすると、ラッシュ・カレントで真空管に負担がかかりますから、「特別な日」に特別のしつらえで構えて聴く、その他の日はがまんする、というのも一策かもしれません。
その点で、最近、じわじわと伸びてきているデジタル・アンプ、いろいろ言われますが、あの高効率さは確かに注目株です。どうか、こちらを大いに技術開発して、後ろめたい思いをせずに、オーディオとエコロジーを両立できるようになれば、そう思ってます。
しかし、我慢我慢でエコロジー・ライフが達成できるんだろうか、という話をしていたら、とある反原発活動から「そもそも、電気を使わない生活を『我慢』と考える発想がおかしい」と叱られてしまいました。――たしかにごもっとも。でも、私にはついて行けそうにないし、多くの人も「ちょっと勘弁してくれ」と言うんじゃないでしょうか。
考えてみれば、長らく真空管アンプを愛用してきました。最近でこそ、オーディオ業界全体が沈滞気味で、そもそも撤退してしまった大手メーカーも少なくなければ、モデルチェンジも感覚がずいぶん長くなりましたから、あまり差がなくなりましたが、私が真空管アンプを愛用したのは、その響きにほれこんだことと、いったん決めたら、真空管の供給がある限りモデルチェンジのことを考えなくて良い、というところにありました。
実際、オーディオ雑誌も本当に読まなくなりました。たまに手にとっても、エントリー・レベルで100万円、高級車一台分の価格がミドル・レンジだ、なんて平然と書いてあるのを読むと「ああ、こりゃあ私の住む世界じゃあないな」と嘆息をつくばかり。
おまけに最近はサラウンドが流行中で、一分野を形成していますが、問題はまたこのアンプで、いくら電気製品安全取締法に基づく「安全」の観点からする「定格消費電力」とはいえ、1kWに迫ろうかと消費電力をみると「おいおい、電気コンロじゃないんだぞ」と言いたくもなるし、実際にデモをやっている店舗ではその熱を冷ますために空調をバンバンかけているわけですから、これまたちょっと……という感じがします。
でもやっぱり音楽は好きだし、ヘッドフォン・ステレオでは物足りないこともある。特に、友人その他親しい人と一緒に聴く、一緒に映画を見るというひとときは、やっぱりかけがえのない生活の一部じゃないかと思います。
特に、音楽もさることながら、最近では映画でさえ、たいへんな高画質を個人で楽しみ、かつ、作品相互の引用やオマージュなどを確かめつつ鑑賞することが、個人でもできる、というのに「それはエコロジーに反する」と頭ごなしに言われると……ムキになって反発したくもなろう、というものです。
さてさて、両者にどうやって折り合いをつけるか――私自身、あまり良い知恵は見あたりません。高能率のスピーカーを使って、アンプの電力を節約する、という方法がありますが、高効率スピーカーの代表格と言えば、ホーン型システム。しかし、私はどうも苦手な上、オールホーンで低域まで、となると、システム全体の値段は優に8ケタに達しようかという世界ですから、手が出るものでもありません。
それに、大いに電気を喰らい、大いに熱を発生する真空管アンプ、やっぱりその響きには捨てがたいものがあります。……常時つけっぱなし、は論外としても、あんまり細目に電源を入れたり切ったりすると、ラッシュ・カレントで真空管に負担がかかりますから、「特別な日」に特別のしつらえで構えて聴く、その他の日はがまんする、というのも一策かもしれません。
その点で、最近、じわじわと伸びてきているデジタル・アンプ、いろいろ言われますが、あの高効率さは確かに注目株です。どうか、こちらを大いに技術開発して、後ろめたい思いをせずに、オーディオとエコロジーを両立できるようになれば、そう思ってます。
しばらく頭がパンクしていました。 ― 2011/05/26 16:30
あの日、私はぼんやりとテレビを見ながら、「ひょっとして、この災害はこの国にとって『9/11』以上の転機になるかもしれない」と考えていました。
どうもそれは当たっていたようです。ただ、良い方向への転機になるのか、悪い方向への転機になるのか、それはまだ予想がつきません。ちょうど「シュレディンガーの猫」のように、いまだ観察行為によって確率的事象が一意に決定する前夜にあるようです。はたして、観察の瞬間、哀れな死骸になった猫が現れるのか、それとも元気に甘えてくるのか、まだ誰にもわかりません。
願わくば、元通り、元気に甘えてきてくれれば……。
そんな中、私は衝動買いをしてしまいました。
どうやら半年ぶりに、近くのハードオフを覗いてみました。何か買い物のあてがあったのではなく、時間つぶしのためでした。
そうしたら、あったのです――SONY SS-G7。私が高校生のみぎり、憧れに憧れたソニー・スピーカーのフラッグ・シップ、現在なお、ソニーどころか日本のスピーカー史上でもフロア型の最高傑作の一つと言われる品物です。もちろん、当時、裕福な友人は親にぽんと買ってもらった者もいたようですが、私にはとても手の出る品物ではありませんでした。
しかし、発売から35年、店頭でも「ジャンク品」という扱いでした。サポートができないから、というのがその理由です。外観はまったく問題なし、布エッジに手作業で塗布されたダンプ剤はいまだ輝きと粘り気を保っています。よく、ドームがへこんだり穴があいたりと無残な姿をさらしていることの多いスクォーカーも健在。なにより、エンクロージュアは多少のすれ・かけはあっても、まだ光沢を保っていました。
おそるおそる試聴を申出てみると、意外にも「どうぞどうぞ」と、ふだん入れないスタッフ・ルームに招き入れられました。思っていたよりしっかりした試聴環境(失礼)に驚きながら、いつも試聴に使っているCDを再生したら……驚きました。そのみずみずしさと雄大さ、とても年代物とは思えません。おそらく、目をつぶって聴かせたら最新スピーカーと思う人も少なくないでしょう。
ほとんど反射的に衝動買いしていました。
しかし、搬入は困難を極めました。1本48kgという重量を2階の自室へ運び入れる難行苦行は3時間に及び、セッティング完了。
そして、音が出た瞬間、私の中のジグソーパズルの欠けたピースが、ぴたりとはまったのを感じました。
当時、このスピーカーは、Lo-D(HITACHI)のHMA-9500とベストマッチで、豪快な音が特徴だ、というのが評論家諸氏の意見だったと記憶しています。しかし、私の数少ない試聴経験では、むしろ、雄大な低音と繊細な中高域のバランスの良さ、山っ気やはったりのなさに好印象をもったものでした。
そして……その印象は間違っていませんでした。
もちろん、私の愛するPARC Audioのスピーカーには、これまた果てしない愛着があります。しかし、それだけの逸品でなお満たされなかった部分がここにはある。
多くの方々から「よかったですね、大事に使ってやってください」と声をかけていただきました。
スペース的にどうかな、って思っていたのも、まだわずか3日というのに、すでに何年もあるべきところにあったように鎮座しています。
「出会い」とは不思議なものです。
どうもそれは当たっていたようです。ただ、良い方向への転機になるのか、悪い方向への転機になるのか、それはまだ予想がつきません。ちょうど「シュレディンガーの猫」のように、いまだ観察行為によって確率的事象が一意に決定する前夜にあるようです。はたして、観察の瞬間、哀れな死骸になった猫が現れるのか、それとも元気に甘えてくるのか、まだ誰にもわかりません。
願わくば、元通り、元気に甘えてきてくれれば……。
そんな中、私は衝動買いをしてしまいました。
どうやら半年ぶりに、近くのハードオフを覗いてみました。何か買い物のあてがあったのではなく、時間つぶしのためでした。
そうしたら、あったのです――SONY SS-G7。私が高校生のみぎり、憧れに憧れたソニー・スピーカーのフラッグ・シップ、現在なお、ソニーどころか日本のスピーカー史上でもフロア型の最高傑作の一つと言われる品物です。もちろん、当時、裕福な友人は親にぽんと買ってもらった者もいたようですが、私にはとても手の出る品物ではありませんでした。
しかし、発売から35年、店頭でも「ジャンク品」という扱いでした。サポートができないから、というのがその理由です。外観はまったく問題なし、布エッジに手作業で塗布されたダンプ剤はいまだ輝きと粘り気を保っています。よく、ドームがへこんだり穴があいたりと無残な姿をさらしていることの多いスクォーカーも健在。なにより、エンクロージュアは多少のすれ・かけはあっても、まだ光沢を保っていました。
おそるおそる試聴を申出てみると、意外にも「どうぞどうぞ」と、ふだん入れないスタッフ・ルームに招き入れられました。思っていたよりしっかりした試聴環境(失礼)に驚きながら、いつも試聴に使っているCDを再生したら……驚きました。そのみずみずしさと雄大さ、とても年代物とは思えません。おそらく、目をつぶって聴かせたら最新スピーカーと思う人も少なくないでしょう。
ほとんど反射的に衝動買いしていました。
しかし、搬入は困難を極めました。1本48kgという重量を2階の自室へ運び入れる難行苦行は3時間に及び、セッティング完了。
そして、音が出た瞬間、私の中のジグソーパズルの欠けたピースが、ぴたりとはまったのを感じました。
当時、このスピーカーは、Lo-D(HITACHI)のHMA-9500とベストマッチで、豪快な音が特徴だ、というのが評論家諸氏の意見だったと記憶しています。しかし、私の数少ない試聴経験では、むしろ、雄大な低音と繊細な中高域のバランスの良さ、山っ気やはったりのなさに好印象をもったものでした。
そして……その印象は間違っていませんでした。
もちろん、私の愛するPARC Audioのスピーカーには、これまた果てしない愛着があります。しかし、それだけの逸品でなお満たされなかった部分がここにはある。
多くの方々から「よかったですね、大事に使ってやってください」と声をかけていただきました。
スペース的にどうかな、って思っていたのも、まだわずか3日というのに、すでに何年もあるべきところにあったように鎮座しています。
「出会い」とは不思議なものです。
出発進行! ― 2011/02/26 17:42
最近、サラウンド導入したいんだけど、という相談をよく受けます。
実を言えば、私も長い長い道楽の歴史の中で、ずっと「ピュア・オーディオ派」でやってきました。昔の4チャンネルが方式乱立で結局共倒れしたことの記憶もあれば、映画館ならともかく家庭に何台ものスピーカーを、なんてのは結局スピーカーをたくさん売りたいメーカーの陰謀じゃないか、などと思っていたものです。
映画館の場合、普通のLチャンネルとRチャンネルの2スピーカーでは場内に均一の音声を供給できない(右側の席と左側の席で音が違ってしまう)ため、古くからセンター・スピーカーを足し、さらに大型の劇場では、シーリング・スピーカーやサイド・スピーカーで前方のスピーカーの負荷を下げるといった工夫がされてきたのはよくわかります。しかし、この狭い日本の家屋でどこまでそんなこと必要なのか、よくわかりませんでした。
もう一つ、サラウンドに二の足踏んでいたのは、電気店店頭での大音響合戦です。まぁ、そりゃ「ドカン・ガリン・バコン」と耳をふさぎたくなるような大音響には、「これでどうやって家庭で楽しめ、っていうんだ?」と正直疑問に思ってました。
ただ、ここにリンク張ってるPARC Audioの社長さんが、「2チャンネルでセンターが出てもそれは仮想のセンターですから、アンプに2系統出力があったら、A+Bにして、B系統にモノラルスピーカーをつないでセンターに置いてご覧なさい、それだけでぐんと変わりますよ」とおっしゃったのが転機でした。
さっそく、やってみました。別に高級アンプってわけじゃありません。中古品の出物を探してきてやってみたのです。結果は……驚きました。映画の台詞、ボーカリストの声、くっきりと正面を中心に部屋に満ちあふれる感覚には驚かされました。
そうなると「やってみようか」根性がむくむくと湧き上がるのが私の悪い癖(笑)。とはいっても、すでにお気に入りの真空管アンプもあることだし、最初の1台にいきなり大枚はたく勇気はありません。
ところが、そんなある日、なんの気なしに行きつけのショップに行ってみたら、ありましたありました。SONYのフルデジタルAVセンター、TA-DA7000ES。HDMIこそ弱体ですが、音質には定評があります。じゃあ、これで、ということで始めてみました。
最初は、PARC Audioの10cmフルレンジと、若かりし頃買ったSS-3GXで、6スピーカー仕様です。したがって、Dolby Neoってことになりますかね。スーパー・ウーファーは最初から度外視でした。どうもあの低音は、聞かされる度に気分が悪くなるもんで。
これでいろいろやってみました。そうするうちに、サラウンドというものへの認識が変わってきました。
しばしば、売り文句として「映画館の迫力をご家庭で!」と言われます。しかし、これはスピーカーの特性もあるのでしょうが、音量を絞っても音が崩れません。それもあって、夜寝付けないときにお気に入りの音楽をごく小さな音でかけて横になっていると、部屋の空気を静かに揺する、という感じに気がつきました。何度やっても同じ。音量を変えても、そういうセッティングの時に一番調子がよい。
なるほど、サラウンド・アンプは、2チャンネルの「ピュア・オーディオ」アンプに比べて、6チャンネルとか9チャンネルとか多くのアンプを搭載しているから、1つあたりのアンプは性能が落ちる、という話、納得できない訳ではありません。しかし、一つのスピーカーへの負荷は確かに小さくなり、無理をさせずに駆動できる、という利点もあるはずです。
そして、昨年、いよいよPARC Audioが誇る同軸17cmスピーカーをL,R,センターに導入しました……結果はもう言うまでもありません。
これまでの美点、部屋の空気を静かに揺すって「音」というよりも「雰囲気」を変えてしまう美点はそのままに、これまでパワーを入れると、やや破綻気味になりそうなところが見事にカバーされました。たとえば、レッド・クリフでは、策略をめぐらす細かな台詞のやりとりと、中国人民解放軍15万人をエキストラとして繰り出した、という有名な「火計の策」の場面のダイナミックさまで、なんでもこい、って感じです。しかし、それは力づくで音を押し出すのではなく、部屋の空気全体を上手に揺さぶって出している、という感じに変わりありません。
サラウンドはどうあるべきか、おそらく議論百出でしょう。ただ、私は、部屋の空気全体を上手に揺すって、心地よい雰囲気を作り出すことであって、こけおどしの大音響を出すためのものではない、と思います。
実を言えば、私も長い長い道楽の歴史の中で、ずっと「ピュア・オーディオ派」でやってきました。昔の4チャンネルが方式乱立で結局共倒れしたことの記憶もあれば、映画館ならともかく家庭に何台ものスピーカーを、なんてのは結局スピーカーをたくさん売りたいメーカーの陰謀じゃないか、などと思っていたものです。
映画館の場合、普通のLチャンネルとRチャンネルの2スピーカーでは場内に均一の音声を供給できない(右側の席と左側の席で音が違ってしまう)ため、古くからセンター・スピーカーを足し、さらに大型の劇場では、シーリング・スピーカーやサイド・スピーカーで前方のスピーカーの負荷を下げるといった工夫がされてきたのはよくわかります。しかし、この狭い日本の家屋でどこまでそんなこと必要なのか、よくわかりませんでした。
もう一つ、サラウンドに二の足踏んでいたのは、電気店店頭での大音響合戦です。まぁ、そりゃ「ドカン・ガリン・バコン」と耳をふさぎたくなるような大音響には、「これでどうやって家庭で楽しめ、っていうんだ?」と正直疑問に思ってました。
ただ、ここにリンク張ってるPARC Audioの社長さんが、「2チャンネルでセンターが出てもそれは仮想のセンターですから、アンプに2系統出力があったら、A+Bにして、B系統にモノラルスピーカーをつないでセンターに置いてご覧なさい、それだけでぐんと変わりますよ」とおっしゃったのが転機でした。
さっそく、やってみました。別に高級アンプってわけじゃありません。中古品の出物を探してきてやってみたのです。結果は……驚きました。映画の台詞、ボーカリストの声、くっきりと正面を中心に部屋に満ちあふれる感覚には驚かされました。
そうなると「やってみようか」根性がむくむくと湧き上がるのが私の悪い癖(笑)。とはいっても、すでにお気に入りの真空管アンプもあることだし、最初の1台にいきなり大枚はたく勇気はありません。
ところが、そんなある日、なんの気なしに行きつけのショップに行ってみたら、ありましたありました。SONYのフルデジタルAVセンター、TA-DA7000ES。HDMIこそ弱体ですが、音質には定評があります。じゃあ、これで、ということで始めてみました。
最初は、PARC Audioの10cmフルレンジと、若かりし頃買ったSS-3GXで、6スピーカー仕様です。したがって、Dolby Neoってことになりますかね。スーパー・ウーファーは最初から度外視でした。どうもあの低音は、聞かされる度に気分が悪くなるもんで。
これでいろいろやってみました。そうするうちに、サラウンドというものへの認識が変わってきました。
しばしば、売り文句として「映画館の迫力をご家庭で!」と言われます。しかし、これはスピーカーの特性もあるのでしょうが、音量を絞っても音が崩れません。それもあって、夜寝付けないときにお気に入りの音楽をごく小さな音でかけて横になっていると、部屋の空気を静かに揺する、という感じに気がつきました。何度やっても同じ。音量を変えても、そういうセッティングの時に一番調子がよい。
なるほど、サラウンド・アンプは、2チャンネルの「ピュア・オーディオ」アンプに比べて、6チャンネルとか9チャンネルとか多くのアンプを搭載しているから、1つあたりのアンプは性能が落ちる、という話、納得できない訳ではありません。しかし、一つのスピーカーへの負荷は確かに小さくなり、無理をさせずに駆動できる、という利点もあるはずです。
そして、昨年、いよいよPARC Audioが誇る同軸17cmスピーカーをL,R,センターに導入しました……結果はもう言うまでもありません。
これまでの美点、部屋の空気を静かに揺すって「音」というよりも「雰囲気」を変えてしまう美点はそのままに、これまでパワーを入れると、やや破綻気味になりそうなところが見事にカバーされました。たとえば、レッド・クリフでは、策略をめぐらす細かな台詞のやりとりと、中国人民解放軍15万人をエキストラとして繰り出した、という有名な「火計の策」の場面のダイナミックさまで、なんでもこい、って感じです。しかし、それは力づくで音を押し出すのではなく、部屋の空気全体を上手に揺さぶって出している、という感じに変わりありません。
サラウンドはどうあるべきか、おそらく議論百出でしょう。ただ、私は、部屋の空気全体を上手に揺すって、心地よい雰囲気を作り出すことであって、こけおどしの大音響を出すためのものではない、と思います。
発車します。待合室はそのまま客車へ移動します。 ― 2011/02/25 13:21
さて、先日、ユニバーサル・プレーヤーをご紹介したお話はしました。相談してきたご当人も、「これはいい」とおっしゃっていただいたのですが、案の定、入手難には泣かされているようです。ただ、その前にアンプをどうするか、そっちからお話ししましょう。
私は長らく「真空管アンプ」派でした。とはいっても、ヴィンテージものなどは、とてもとても手のでない「高嶺の花」。で、LUXのLX-38、それにいただきもののKMQ-60、そしてLX-38を買い換えた現行のLX-360に至ります。
ちなみにKMQ-60は、LX-38のパワーアンプ部を独立させたMQ-60のキット版、とあるお店のカウンター下に転がっていたのを「こわれものだから」という理由でもらってきましたが、なんと調子が悪くなっていたのはパワー管50CA-10のバイアス調整用可変抵抗器が「ガリ」になっていただけ。接点復活剤をかけて左右に二三度回したら、正常動作を始めたのには驚きました。ただ、どうも電源部のコンデンサが容量不足のようだったので、比例して倍容量にしたところ、ぐっと腰の落ちた良い音になったのは驚きでした。
ただ、これだけエコロジーが言われている時代、真空管アンプってのはなんとも気の引ける存在ではあります。だいたい、熱がすごい。しかも、回路形式にもよりますが、常時かなりの電力を消費するのは気が引ける。それらから発生する熱を解消するためにエアコンをつければ、さらに電力を食らう……あんまりエコとは言い難いですね。
ほんとを言えば、一番好きなのはUV-211とかUV-845のシングルアンプなんですが、こいつらの発生する熱は尋常ではない。そもそもプレートに900~1200Vもの電圧をかけるやつが枕元にあるとなると、なんだか落ち着きません。音はいいんですけどね……。
かわって最近、著しく改善が進んでいるのがデジタル・アンプ。特にしびれたのは、n-modeのアンプ群で、元シャープのΣΔアンプの開発責任者がスピンアウトして作っているアンプで、シャープでありながら音楽を殺さないゆとりを感じさせるのには感心したのですが、ちょっとお値段が相談された方の要求を越えます。
そこでご紹介したのが前にご紹介した同じオンキヨーのA-5VL-S。オンキヨーご自慢のVL-digital方式で電源部も独立二電源という、この価格帯では充実した装備、しかもデジタル入力2系統にアナログ5系統なら不自由はないでしょう。実売価格が6万円弱。これならユニバーサル・プレーヤーと込みで10万円で収まります。
おすすめしたら、「私、オンキヨーって好きなメーカーで……なんか音響一筋ってイメージで。YAMAHA+ONKYOならうれしいです」とのご返事。少しおとなしめのNS-10MにONKYOの歯切れの良い音で「喝」を入れてやるといいかな、という少々邪道気味の選択です。
さてさて、どうなりますやら。まだ少し続きます。
私は長らく「真空管アンプ」派でした。とはいっても、ヴィンテージものなどは、とてもとても手のでない「高嶺の花」。で、LUXのLX-38、それにいただきもののKMQ-60、そしてLX-38を買い換えた現行のLX-360に至ります。
ちなみにKMQ-60は、LX-38のパワーアンプ部を独立させたMQ-60のキット版、とあるお店のカウンター下に転がっていたのを「こわれものだから」という理由でもらってきましたが、なんと調子が悪くなっていたのはパワー管50CA-10のバイアス調整用可変抵抗器が「ガリ」になっていただけ。接点復活剤をかけて左右に二三度回したら、正常動作を始めたのには驚きました。ただ、どうも電源部のコンデンサが容量不足のようだったので、比例して倍容量にしたところ、ぐっと腰の落ちた良い音になったのは驚きでした。
ただ、これだけエコロジーが言われている時代、真空管アンプってのはなんとも気の引ける存在ではあります。だいたい、熱がすごい。しかも、回路形式にもよりますが、常時かなりの電力を消費するのは気が引ける。それらから発生する熱を解消するためにエアコンをつければ、さらに電力を食らう……あんまりエコとは言い難いですね。
ほんとを言えば、一番好きなのはUV-211とかUV-845のシングルアンプなんですが、こいつらの発生する熱は尋常ではない。そもそもプレートに900~1200Vもの電圧をかけるやつが枕元にあるとなると、なんだか落ち着きません。音はいいんですけどね……。
かわって最近、著しく改善が進んでいるのがデジタル・アンプ。特にしびれたのは、n-modeのアンプ群で、元シャープのΣΔアンプの開発責任者がスピンアウトして作っているアンプで、シャープでありながら音楽を殺さないゆとりを感じさせるのには感心したのですが、ちょっとお値段が相談された方の要求を越えます。
そこでご紹介したのが前にご紹介した同じオンキヨーのA-5VL-S。オンキヨーご自慢のVL-digital方式で電源部も独立二電源という、この価格帯では充実した装備、しかもデジタル入力2系統にアナログ5系統なら不自由はないでしょう。実売価格が6万円弱。これならユニバーサル・プレーヤーと込みで10万円で収まります。
おすすめしたら、「私、オンキヨーって好きなメーカーで……なんか音響一筋ってイメージで。YAMAHA+ONKYOならうれしいです」とのご返事。少しおとなしめのNS-10MにONKYOの歯切れの良い音で「喝」を入れてやるといいかな、という少々邪道気味の選択です。
さてさて、どうなりますやら。まだ少し続きます。
御乗車のご案内を致します。待合室のお好みのシートでお待ちください。 ― 2011/02/23 12:33
さて、試運転第2回で少し心に残っていたことがある、と申し上げました。
それは、このご相談者が既にソニー製のコンポ、機種ははっきりしませんが、本体とスピーカーにそれぞれ接続端子がついている機種のようだ、という点にありました。もうお気づきのことと思いますが、最初に私がおすすめしたオンキヨーのレシーバー、これはCD/FM/AMオールインワンですから、NS-10Mと組み合わせるとコンポそのままの姿になりはしないか、ということです。
案の定、数日後、連絡がありました。「あの、そのおすすめだと、コンポみたいになりません? 予算は10万円以内で収まれば、と思ってましたので」……やっぱりか。
となると、少なくとも、CDや少なくともDVD、できればブルーレイまで再生できるものが良い、ということになりましょうね。ブルーレイ・レコーダーにしてしまえば万事解決なのですが、機種によってはCD聞こうとするだけでTVまでつけないといけない場合もあり、ここはユニバーサル・プレーヤーという選択肢を考えてみました。
そこで調べていったところ、こりゃまた大変な多機能プレーヤーが現れました。それが写真に示したDENON DBP-1611UD-Kで、なんと、スーパーオーディオCDにDVDオーディオまで再生可能で、およそ現行販売されているデジタル・メディアのほとんどすべてが再生可能で、お値段は実場価格約4万円前後。――頑張りましたね、デノンさん。
市場の評価も悪くないようですし、こういったメディア再生では、NHK御用達のカートリッジDL-103以来の伝統をもつメーカーです。案の定、評価の高さを如実に現す問題があることに直面します。
それは「どこのショップでも、入荷待ち。それもどうかすると2か月近く待たされることもあり」ということでした。
しかし、長いオーディオ・ライフ、2か月程度の待ち時間なら、我慢して待てないわけでもないでしょう、という条件付でおすすめしてみたのです。
さて、そうすると、次はこれを受けてスピーカーに音をだしてやるアンプ選びですが、これはまた次に。
それは、このご相談者が既にソニー製のコンポ、機種ははっきりしませんが、本体とスピーカーにそれぞれ接続端子がついている機種のようだ、という点にありました。もうお気づきのことと思いますが、最初に私がおすすめしたオンキヨーのレシーバー、これはCD/FM/AMオールインワンですから、NS-10Mと組み合わせるとコンポそのままの姿になりはしないか、ということです。
案の定、数日後、連絡がありました。「あの、そのおすすめだと、コンポみたいになりません? 予算は10万円以内で収まれば、と思ってましたので」……やっぱりか。
となると、少なくとも、CDや少なくともDVD、できればブルーレイまで再生できるものが良い、ということになりましょうね。ブルーレイ・レコーダーにしてしまえば万事解決なのですが、機種によってはCD聞こうとするだけでTVまでつけないといけない場合もあり、ここはユニバーサル・プレーヤーという選択肢を考えてみました。
そこで調べていったところ、こりゃまた大変な多機能プレーヤーが現れました。それが写真に示したDENON DBP-1611UD-Kで、なんと、スーパーオーディオCDにDVDオーディオまで再生可能で、およそ現行販売されているデジタル・メディアのほとんどすべてが再生可能で、お値段は実場価格約4万円前後。――頑張りましたね、デノンさん。
市場の評価も悪くないようですし、こういったメディア再生では、NHK御用達のカートリッジDL-103以来の伝統をもつメーカーです。案の定、評価の高さを如実に現す問題があることに直面します。
それは「どこのショップでも、入荷待ち。それもどうかすると2か月近く待たされることもあり」ということでした。
しかし、長いオーディオ・ライフ、2か月程度の待ち時間なら、我慢して待てないわけでもないでしょう、という条件付でおすすめしてみたのです。
さて、そうすると、次はこれを受けてスピーカーに音をだしてやるアンプ選びですが、これはまた次に。
そろそろ発車しようかな。 ― 2011/02/20 10:06
続きです。
その女性の方からのご相談に対して、1) インテリアを破壊しない、2) 操作を簡便に、できるだけやさしく手軽に音楽を楽しめることを主眼として、選んだのがオンキヨーのCR-D2-Sです。かつては、といっても若かりし頃のオンキヨーに対するイメージはあまり芳しいものではなく、音が少しギンギンしすぎるきらいがありましたが、最近の製品は随分と「しつけ」がよくなったようで、幾分きらびやかさは残っているものの音の伸びがよい、という印象を持っています。ちなみに実売価格は約3万円。しかし、2008年9月発売で元値は6万円以上しますから、これはお買い得だろうと思ったわけです。
余計なことながら、うちの子ども二人のPC用スピーカーもオンキヨーのパワード・スピーカーです。
もう一つ選択したのはYAMAHA CRX550。これは、スピーカーが同じYAMAHAのNS-10Mというところから選んだのと、iPodポートを持っているから少し遊べるかな、というところです。
しかし、気になっているのは、問題のスピーカー、ご本人は愛着をお持ちですが、少し年数も経っていれば、どうもYAMAHAスピーカーは駆動力の高いアンプでないと冴えない印象があって、特にYAMAHAの低価格帯のアンプというのは、「ヤマh・ビューティ」と言われる上品さを追及する余り、中途半端で音がヤワに過ぎる、という印象があります(YAMAHAがかつて得意としていた、超弩級製品は別ですけどね)。ちなみに実売価格は約3万5千円前後。
これでお気づきになったと思いますが、これ、どちらもFM/AM/CDオール・イン・ワンの製品です。いわゆる「レシーバー」という品物ですね。最初に留意した、1)と2)の条件を満たすには、これがいいかな、というのが私の判断だったわけです。
この二つをお示ししたところ、数日経って「いろんなクチコミ見たら、オンキヨーの方が評価高そうですね。そっちにしようかと思ってます」とのこと。ひとまず安心しました。
ただ、私には一抹の不安が残っていました。それはまた。
その女性の方からのご相談に対して、1) インテリアを破壊しない、2) 操作を簡便に、できるだけやさしく手軽に音楽を楽しめることを主眼として、選んだのがオンキヨーのCR-D2-Sです。かつては、といっても若かりし頃のオンキヨーに対するイメージはあまり芳しいものではなく、音が少しギンギンしすぎるきらいがありましたが、最近の製品は随分と「しつけ」がよくなったようで、幾分きらびやかさは残っているものの音の伸びがよい、という印象を持っています。ちなみに実売価格は約3万円。しかし、2008年9月発売で元値は6万円以上しますから、これはお買い得だろうと思ったわけです。
余計なことながら、うちの子ども二人のPC用スピーカーもオンキヨーのパワード・スピーカーです。
もう一つ選択したのはYAMAHA CRX550。これは、スピーカーが同じYAMAHAのNS-10Mというところから選んだのと、iPodポートを持っているから少し遊べるかな、というところです。
しかし、気になっているのは、問題のスピーカー、ご本人は愛着をお持ちですが、少し年数も経っていれば、どうもYAMAHAスピーカーは駆動力の高いアンプでないと冴えない印象があって、特にYAMAHAの低価格帯のアンプというのは、「ヤマh・ビューティ」と言われる上品さを追及する余り、中途半端で音がヤワに過ぎる、という印象があります(YAMAHAがかつて得意としていた、超弩級製品は別ですけどね)。ちなみに実売価格は約3万5千円前後。
これでお気づきになったと思いますが、これ、どちらもFM/AM/CDオール・イン・ワンの製品です。いわゆる「レシーバー」という品物ですね。最初に留意した、1)と2)の条件を満たすには、これがいいかな、というのが私の判断だったわけです。
この二つをお示ししたところ、数日経って「いろんなクチコミ見たら、オンキヨーの方が評価高そうですね。そっちにしようかと思ってます」とのこと。ひとまず安心しました。
ただ、私には一抹の不安が残っていました。それはまた。
第二回試運転 ― 2011/02/19 03:20
相談されてこられたのは女性の方なのですが、なんでも親御さんからNS-10M'(YAMAHAの旧製品:失礼)を頂いた。それで、SONYのコンポを持っていて、スピーカー端子もつないだんだけど、なんだか音がぎすぎすしていて暖かみが感じられなくて、音楽が楽しめないとのこと。予算は押さえつつ、親御さんのもとで楽しめていたように本格的に音楽を楽しみたい、というのです。どうもNS-10Mに愛着もお持ちのようです。たぶん、大切にお使いだったのでしょうね。
さぁって、こういう場合、どういうふうにお答えしたらよいのか。とにかくオーディオ商品の扱いは、大型店といえども惨憺たるもので「取り寄せ」が当たり前、というご時世です。しかも、「スピーカーの結線くらいなら、ちゃんとできますよ」とのことですが、お若い女性のこと、私らみたいにいろんなケーブルが床といい机といい、のたくり回っているようなお部屋じゃ困るでしょう。おしゃれも一つの要素として考えると、大げさなキカイは奇怪なだけ(下手なシャレ)。
これまであんまり考えたことのない組み合わせだけに、少々考え込みました。
そこで、最初に私が何をおすすめしたか。これは、さらに「試運転」の続きでお話ししましょうかね。
さぁって、こういう場合、どういうふうにお答えしたらよいのか。とにかくオーディオ商品の扱いは、大型店といえども惨憺たるもので「取り寄せ」が当たり前、というご時世です。しかも、「スピーカーの結線くらいなら、ちゃんとできますよ」とのことですが、お若い女性のこと、私らみたいにいろんなケーブルが床といい机といい、のたくり回っているようなお部屋じゃ困るでしょう。おしゃれも一つの要素として考えると、大げさなキカイは奇怪なだけ(下手なシャレ)。
これまであんまり考えたことのない組み合わせだけに、少々考え込みました。
そこで、最初に私が何をおすすめしたか。これは、さらに「試運転」の続きでお話ししましょうかね。
第一回試運転 ― 2011/02/19 02:56
自分でも飽きもせず、と思うくらい長いこと道楽にしてきたのが、オーディオ。いつ頃からのめりこんだか、と他人様に尋ねられても、「はて?」と考え込んでしまいますが、中学生の頃にはもう兆候があったようです。
最初の一台は、後に巨大化(?)するステレオ・ラジカセ(最近のカテゴリーでは、システムコンポの廉価版と言った方がわかりやすいし、ちょうどよく似た商品がありますね)、そして大学生になって、アルバイトしながらカセットデッキとチューナーで、お定まりのエア・チェック(FMを録音してコレクションしたり、友だちと交換したりすること――ほら、あの映画「世界の中心で、愛を叫ぶ」の中でも、悲恋の初恋に終わった二人がカセットを交換しているじゃないですか)。
「オーディオの足跡」という、その道では有名なサイトがありますが、そこを見ると、あの頃憧れた数々の品々が並んでいますね。「働いて稼げるようになったら、ボクだって頑張って」と思っていたら、いつの間にかどんどん下火になっていって、かつては大手家電メーカーのほとんどが参入していたオーディオ製品も、撤退に次ぐ撤退で、寂しい限りになりました。ま、その頃を支えたエンジニアの皆さんが、スピンアウトして会社を興し、知る人ぞ知る名品を送り出しつつあるのは、一面喜ばしいのですが、一方でなんで輸入オーディオ品ってあんなに高いのでしょう(貧乏人のひがみです)。
気がついたら、すっかり取り残されていたのですが、最近、ちょっとした相談を受けました。
最初の一台は、後に巨大化(?)するステレオ・ラジカセ(最近のカテゴリーでは、システムコンポの廉価版と言った方がわかりやすいし、ちょうどよく似た商品がありますね)、そして大学生になって、アルバイトしながらカセットデッキとチューナーで、お定まりのエア・チェック(FMを録音してコレクションしたり、友だちと交換したりすること――ほら、あの映画「世界の中心で、愛を叫ぶ」の中でも、悲恋の初恋に終わった二人がカセットを交換しているじゃないですか)。
「オーディオの足跡」という、その道では有名なサイトがありますが、そこを見ると、あの頃憧れた数々の品々が並んでいますね。「働いて稼げるようになったら、ボクだって頑張って」と思っていたら、いつの間にかどんどん下火になっていって、かつては大手家電メーカーのほとんどが参入していたオーディオ製品も、撤退に次ぐ撤退で、寂しい限りになりました。ま、その頃を支えたエンジニアの皆さんが、スピンアウトして会社を興し、知る人ぞ知る名品を送り出しつつあるのは、一面喜ばしいのですが、一方でなんで輸入オーディオ品ってあんなに高いのでしょう(貧乏人のひがみです)。
気がついたら、すっかり取り残されていたのですが、最近、ちょっとした相談を受けました。