弔鐘…… ― 2011/04/10 20:44
長いこと更新していませんでした。
実は「あの日」以来、言葉という言葉、画像という画像、すべてにリアリティがなくて、どこか遠くの世界での出来事としか思えなくなっているのです。
いわゆる「自粛」とは違います。言葉が言葉にならない、見る映像すべてがリアリティを欠いた存在にしか見えない。
かかりつけのお医者さんに尋ねてみたら、「僕の所の患者さんでもたくさんいますよ、そんな人。僕自身、あの映像が今でもCGにしか思えないくらいだから」とのことです。――少しほっとしました。特に異常なことではないようですから。
しかし、この状態はもう少し続きそうです、残念ながら……。
実は「あの日」以来、言葉という言葉、画像という画像、すべてにリアリティがなくて、どこか遠くの世界での出来事としか思えなくなっているのです。
いわゆる「自粛」とは違います。言葉が言葉にならない、見る映像すべてがリアリティを欠いた存在にしか見えない。
かかりつけのお医者さんに尋ねてみたら、「僕の所の患者さんでもたくさんいますよ、そんな人。僕自身、あの映像が今でもCGにしか思えないくらいだから」とのことです。――少しほっとしました。特に異常なことではないようですから。
しかし、この状態はもう少し続きそうです、残念ながら……。
まことに申し訳ありません。人身事故のため遅れが出ています。 ― 2011/03/06 14:57
更新が遅れてたのは、ちょっと調べ物していたためです。それは、このところ、うつ病による自殺が労働災害として認められたとか、使用者に対して損害賠償が認められたり、責任者が懲戒を受けたりとか、そういった事案が出てきているもので、「ふ~ん、うつ病も労働災害と認められるようになったのか」とばかり思っていました。
だいたい、他人の精神状態について知るのは、身近な人以外、ニュースで知ることばかりですからね。
ところが驚いた。うつ病を労働災害と認める基準については、すでに1999年には厚生労働省から通達が出ていたんですね。別に奇異なところもなく、まずまず誰が考えても妥当と思われる基準です。
問題はその後。「自殺については原則として自損事案であるので労働災害とならないが……」と続くのです。つまり、うつ病で苦しみ抜いたあげく、職場や家族や友人のことも考え抜いて、ついに覚悟の自殺を遂げた人――いますよね。自分のことよりも他人を大事にしよう、って「いい人」――は労働災害として認めないのが原則、ただ、労働災害にあたる精神疾患(ほぼ「うつ病」と考えて良い)が先行する場合には例外的に認めてやっても良い、というわけです。
たしかに、自殺は自分の行為でしょうが、そこに自発的な意志があった、というんでしょうか? 苦しみ抜いたあげく自殺に追い込まれた、そういうのが普通じゃないんでしょうかね?
なるほどニュースになるわけがわかりました。だいたい2008年前後を境として、裁判例で当局の「労働災害不相当」という判断が覆される事例が増加し始め、その上、最近になって、ハラスメント(カタカナ言葉使わず「いやがらせ」とはっきり言え!)をやったりする上司や同僚、そんな環境を放置したりした会社や役所に対して懲戒や損害賠償が認められるようになった、だからニュースになっていたわけです。
しかし、ひどい話だと思いませんか? 職場で追い詰められて病気にはなっても生き抜いたヤツは助けてやる、だが、自死したヤツは自分のしでかしたことだから知らない――話が逆じゃないんですかね? そこまで追い詰められたのなら、せめて周囲の苦痛と生活を補償するためにもっと手厚く、これがスジじゃないでしょうか。
邪推すれば、病気しても生き抜ける「強者」は救ってやる、だが、自死するような「弱虫」は勝手に死ね、そう言っているようにも聞こえます。
相も変わらず自殺者の数は減少の兆しもなし、少子化傾向も一向に収まらず……だいたい、この國が「自殺防止」とか「少子化対策」とか言い出すと、違和感を感じて仕方がなかったのですが、その一つの理由がなんとなくわかったような気がします。
考えれば恐ろしい國です。
だいたい、他人の精神状態について知るのは、身近な人以外、ニュースで知ることばかりですからね。
ところが驚いた。うつ病を労働災害と認める基準については、すでに1999年には厚生労働省から通達が出ていたんですね。別に奇異なところもなく、まずまず誰が考えても妥当と思われる基準です。
問題はその後。「自殺については原則として自損事案であるので労働災害とならないが……」と続くのです。つまり、うつ病で苦しみ抜いたあげく、職場や家族や友人のことも考え抜いて、ついに覚悟の自殺を遂げた人――いますよね。自分のことよりも他人を大事にしよう、って「いい人」――は労働災害として認めないのが原則、ただ、労働災害にあたる精神疾患(ほぼ「うつ病」と考えて良い)が先行する場合には例外的に認めてやっても良い、というわけです。
たしかに、自殺は自分の行為でしょうが、そこに自発的な意志があった、というんでしょうか? 苦しみ抜いたあげく自殺に追い込まれた、そういうのが普通じゃないんでしょうかね?
なるほどニュースになるわけがわかりました。だいたい2008年前後を境として、裁判例で当局の「労働災害不相当」という判断が覆される事例が増加し始め、その上、最近になって、ハラスメント(カタカナ言葉使わず「いやがらせ」とはっきり言え!)をやったりする上司や同僚、そんな環境を放置したりした会社や役所に対して懲戒や損害賠償が認められるようになった、だからニュースになっていたわけです。
しかし、ひどい話だと思いませんか? 職場で追い詰められて病気にはなっても生き抜いたヤツは助けてやる、だが、自死したヤツは自分のしでかしたことだから知らない――話が逆じゃないんですかね? そこまで追い詰められたのなら、せめて周囲の苦痛と生活を補償するためにもっと手厚く、これがスジじゃないでしょうか。
邪推すれば、病気しても生き抜ける「強者」は救ってやる、だが、自死するような「弱虫」は勝手に死ね、そう言っているようにも聞こえます。
相も変わらず自殺者の数は減少の兆しもなし、少子化傾向も一向に収まらず……だいたい、この國が「自殺防止」とか「少子化対策」とか言い出すと、違和感を感じて仕方がなかったのですが、その一つの理由がなんとなくわかったような気がします。
考えれば恐ろしい國です。
当列車は安全に万全を期していますが、シートベルトは正しく着用してください。 ― 2011/02/24 15:48
ニュージーランドでの地震、まだ行方不明者が多く、家族の方は胸のつぶれる思いでしょう。自分のキャリアを作るため、あるいは楽しみのために語学を学びに行った先で思いもよらぬ大地震。ご本人・ご家族ともども心中いかがなものかと察するにやりきれません。
ただ、最初にニュースを見たときから妙な感じがしてならなかったのも事実です。ニュージーランドといえば、プレート境界面の衝突する海溝沿いの列島であり、日本と同じく地震国のはず。当然、地震学の研究のみならず耐震設計の分野でも進んでいるはずです。しかし、つぶれたビルを見ると、いわゆる「パンケーキ状の崩壊(上からぐしゃりとたたきつぶしたようなつぶれ方)」で、途上国で十分な耐震構造を取っていないビルディングなどではよく見られるつぶれ方ですが、まさか(地震)先進国のニュージーランドで、というのが異様でした。
その後、崩壊する前の写真を見て、さらに残ったエレベータ部分を見るにつけて、変だ、という気はますます募ってきました。そもそもがれきの山の中に鉄筋らしいものが見あたらない。エレベータとの接合部にあたるところにも構造材らしいものがないし、壁も床も異様に薄い。「なんだこりゃ」……そんなあたりに気がついてきました。
すると、昨日の朝日新聞にほんの2行ほど、「1970年代までは耐震設計理論で世界をリードしていたが……」という記事が出て、はっと思い当たることが次々に浮かんできました。
かの小泉政権時代、市場主義の導入と徹底した民営化でニュージーランドは随分もてはやされたものです。しかし、それらがこの国では人と人との連帯感を「ぶちこわし」(「ぶちこわせ」って叫んだ小泉は、何を「ぶちこわし」たのか?)、同じくもてはやされたアイスランドはリーマン・ショックで国家が破産。まさか……と思ったのです。
そういえば、以前、ある研究機関の人に聞いたことがありました。ニュージーランドの大学や研究所は、市場原理の導入を政府から強硬に迫られ、すぐに成果や利益が出るわけではない基礎分野は壊滅的打撃を受け、疲弊しきっている、ひどいところでは英語国だけに逃げ出し先にことかかないため、3人に2人の研究者が逃げ出して事実上開店休業状態になったところもある、という話で、その話を聞かせてくれたのが、地質学関係の人(もちろん地震学と密接な関係があります)だったことです。
もう一つ、思い出したのは規制緩和と民営化で、日本では建築確認が民間でもできるようになりましたが、その実態は「お手盛り」ともいわれるほか、例の「姉歯」問題で明るみに出た構造計算書の偽装問題があったことはご存じの通り。しかし、あの問題、政治的・社会的・構造的な問題は深められることなく、姉歯一人を「ヒール(悪役)」にする形で大急ぎで幕引きが図られた、という印象をもつのは、私だけでしょうか。
まさか、とは思うのですが、ニュージーランドでの、あのビルの崩壊、住宅の破壊(ここも壁も床も薄いのが目立ちましたね)、そういった問題が裏にあった、なんてことはないでしょうか。すると、ご家族の方の哀しみや焦燥もさることながら、そちらの問題もきちんと追及してないと、またまた「日本では対策がしっかりしてるから大丈夫」といいつつ、新幹線の橋桁が積み木を崩したようにばらばらと崩れ落ち、はるかに大勢の悲惨な犠牲者が出てから「国富の損失だ」ともっともらしいことを言う評論家(その前に、ちゃんと対策しとけば失われずに済んだ命が失われたことが先だろっ!)センセイ方のお説教を聞かされることになりはしないか。
杞憂で済むことを願ってやみません。
ただ、最初にニュースを見たときから妙な感じがしてならなかったのも事実です。ニュージーランドといえば、プレート境界面の衝突する海溝沿いの列島であり、日本と同じく地震国のはず。当然、地震学の研究のみならず耐震設計の分野でも進んでいるはずです。しかし、つぶれたビルを見ると、いわゆる「パンケーキ状の崩壊(上からぐしゃりとたたきつぶしたようなつぶれ方)」で、途上国で十分な耐震構造を取っていないビルディングなどではよく見られるつぶれ方ですが、まさか(地震)先進国のニュージーランドで、というのが異様でした。
その後、崩壊する前の写真を見て、さらに残ったエレベータ部分を見るにつけて、変だ、という気はますます募ってきました。そもそもがれきの山の中に鉄筋らしいものが見あたらない。エレベータとの接合部にあたるところにも構造材らしいものがないし、壁も床も異様に薄い。「なんだこりゃ」……そんなあたりに気がついてきました。
すると、昨日の朝日新聞にほんの2行ほど、「1970年代までは耐震設計理論で世界をリードしていたが……」という記事が出て、はっと思い当たることが次々に浮かんできました。
かの小泉政権時代、市場主義の導入と徹底した民営化でニュージーランドは随分もてはやされたものです。しかし、それらがこの国では人と人との連帯感を「ぶちこわし」(「ぶちこわせ」って叫んだ小泉は、何を「ぶちこわし」たのか?)、同じくもてはやされたアイスランドはリーマン・ショックで国家が破産。まさか……と思ったのです。
そういえば、以前、ある研究機関の人に聞いたことがありました。ニュージーランドの大学や研究所は、市場原理の導入を政府から強硬に迫られ、すぐに成果や利益が出るわけではない基礎分野は壊滅的打撃を受け、疲弊しきっている、ひどいところでは英語国だけに逃げ出し先にことかかないため、3人に2人の研究者が逃げ出して事実上開店休業状態になったところもある、という話で、その話を聞かせてくれたのが、地質学関係の人(もちろん地震学と密接な関係があります)だったことです。
もう一つ、思い出したのは規制緩和と民営化で、日本では建築確認が民間でもできるようになりましたが、その実態は「お手盛り」ともいわれるほか、例の「姉歯」問題で明るみに出た構造計算書の偽装問題があったことはご存じの通り。しかし、あの問題、政治的・社会的・構造的な問題は深められることなく、姉歯一人を「ヒール(悪役)」にする形で大急ぎで幕引きが図られた、という印象をもつのは、私だけでしょうか。
まさか、とは思うのですが、ニュージーランドでの、あのビルの崩壊、住宅の破壊(ここも壁も床も薄いのが目立ちましたね)、そういった問題が裏にあった、なんてことはないでしょうか。すると、ご家族の方の哀しみや焦燥もさることながら、そちらの問題もきちんと追及してないと、またまた「日本では対策がしっかりしてるから大丈夫」といいつつ、新幹線の橋桁が積み木を崩したようにばらばらと崩れ落ち、はるかに大勢の悲惨な犠牲者が出てから「国富の損失だ」ともっともらしいことを言う評論家(その前に、ちゃんと対策しとけば失われずに済んだ命が失われたことが先だろっ!)センセイ方のお説教を聞かされることになりはしないか。
杞憂で済むことを願ってやみません。